二人の偉大な友人の死

日本滞在記の途中ですが今日はカッラーラのことを綴ります。
今日の午後,スーパーマリアを訪ねました。
それはマリアのご主人エッツィオは私がブログを開設した次の日に記事にしたくらい私にとっては大切な人です。
そのエッツィオが私が日本に居る1/16に他界したのです。
本当に早い死でした。
去年の10月、エッツィオから電話があって「病院にいる」と。
直ぐにマリアに電話して一緒に病院に行くことにした。
病院で会うエッツィオはいつもと変わらない感じがしたがマリアが言うには
「検査をしてもどこが悪いかわからないから血液をミラノに送っている。」と。
そして「エッツィオは子供みたいになった。。。」とも。
私はマリアを慰めてその日は帰りました。
直ぐに退院したとマリアから連絡があり、日本へ帰る前にマリアの家に行くとエッツィオは肝臓がんでもう長くないと。。。
マリアが言うには私が日本から帰って来る頃までは持たないという。。。
ベッドで横になっているエッツィオに最後の挨拶だと思って「Grazie Grazie ...」と繰り返した。
涙もこらえきれずに流れていたけれど天国に最も近い人の顔は本当に美しくてその魂は全てを見据えていてこちらが反対に励まされたりする感覚を味わっていた。
そのエッツィオが亡くなったと京都にいる私にイタリアからのメールが知らせてくれた。
きっと天国に行ったのだから祝福してあげないと行けない。
そして残された家族の為に私が何が出来るのか?
いつも誰かが逝くだびに思うこと。。。

今日、白い花束を持ってマリアを見る前から色んなことを思い出し涙を流していた私だったがマリアを見て抱き合って泣きあった。
エッツィオを亡くして悲しいというお互いの気持ちが涙によって昇華される。
最後まで苦しむことなく穏やかに眠るように家族に看取られて逝ったそうです。
死に方は生き方。
そんな風に死にたくても死ねない人がどれだけいるのだろう?
七転八倒の形相で亡くなる人もいる。
その人を見下している訳ではない。そうすることで家族もその人を楽にしてあげたいと思うことでその人の死を受け入れることが出来るから。
それぞれの死があってそれぞれの家族がある。
マリアとエッツィオのお墓に行って家に帰ってきた。

夕飯を食べているとき電話が鳴った。
電話主はマヌーでした。マヌーのママが亡くなったと。。。

もう長いこと病床にいたマヌーのママ。
マヌーも家族もママの天国への旅発ちをお祝いしているよう。。。
哀しいのは同じだけれど。。。

偉大な友人が二人なくなりました。
どちらも本当に私にとっては大切な人。
でも二人の天国への旅立ちを喜んでそして残された家族と哀しみを昇華しながら支えあっていくことが私の使命だと思っています。



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by galleriaarsapua | 2013-02-09 03:53 | 愛を込めて

遥かルネッサンスの時代ミケランジェロも石を求めに通ったイタリア、カッラーラ。大理石の山並みを一望できるところに家を建てたKazuko


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